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| 2010年度駒大行事予定表 /
第51回全国大会の写真を披露 (08/08/01) 任期満了に伴う役員改正のお知らせ (08/07/23) / 平成22年度 駒大行事予定表 2009年度 駒大行事予定表 / 2008年度 駒大行事予定表 / 2007年度 駒大行事予定表 秋晴れの箱根路で八回目の峻空杯争奪ゴルフと親睦会が行われました (05/10/05) 還暦記念の”西遊記” (05/10/26) / 駒澤大学体育会空手道部欧州研修合宿記 (05/09/29) 総会及び親睦会 日程変更のお知らせ (05/06/13) / 鶴見総持寺行軍 (05/02/21) 水野庸子 フランス・パリで大活躍 (05/02/21) / 争奪戦と祝勝会 (04/12/09) 還暦旅行記 (04/11/15) / 2004年青森旅行記 十和田・奥入瀬編 (04/11/12) 高橋俊介君 エリザベス女王より二年連続叙勲の快挙 / 会費振込みのお願い 学生諸君の活躍ぶり(04/10/18) / サイト管理者からの真剣なるお願い これまでの事務局からのお知らせ 最新 / 5 / 4 / 3 / 2 / 1 |
2010年度 駒大行事予定表 |
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| 基本的には決定された部分が多くありますが一部未定あるいは変更もあるかと思いますのでその点は了承願います。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 試合等の応援は、早い段階で日程をお確かめの上宜しくお願いいたします。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
任期満了に伴う役員改正のお知らせ |
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| さる7月5日、協会全国大会初日の終了後に例年通り平成20年度総会を行いました。 総会では皆様方のお手元に送付いたしました通りの議題に沿って平成19年度収支報告及び行事報告、監査報告、20年度予算案及び行事予定が報告され参加者全員の承認を頂きましたことを報告申し上げます。 尚、本年総会のメインとなります議題は、昨年10月の60周年記念式典を皆様のご協力の下に盛大に執り行うことが出来、2年前の総会でのお約束どおり本年3月を持ちまして役員の任期が満了となりますことから役員の改正が急務となり2月の総持寺をかわきりに機会ありますごとに人選に勤めて参り、4月の常任理事会を持ちまして新会長のみを選出し、三役他の人選を新会長に一任してまいりました。 退任の旧役員は下記の通りです
東 会長挨拶 峻空会の根幹とも言うべき礎を築き上げてこられました山本幹事長、和田会長の相継ぐ急逝と言う不幸に見舞われました後、急きょ私を会長とし渡邊泰龍君、吉村コ政君の協力を得て平成12年に新たな顔ぶれで歩き始めた旧役員も、早いもので足掛け9年間勤めさせていただいてまいりました。 この間、峻空会といたしましても数々の出来事に遭遇しながらも会員各位のご協力を頂きここまで無事勤めて来られましたのもひとえに皆様方のお陰と御礼申し上げます。 中でも昨年10月の60周年の記念行事に於きましては、準備段階での我々の想像をはるかに上回る多数の皆様の参加と協力を頂き、駒大空手道部益々の発展に欠かすことの出来ない新道場を披露しての記念行事では創部以来の先輩方、拳友ら物故者の供養が出来ましたことは何よりと喜んでおります。 この度、只今申しましたとおり記念行事も無事に済んで我々旧役員の任期を迎えるにあたり60年と言う長い時間の中で育んで参りました我が峻空会一層の飛躍のためにより時代に即した世代への切り替えを念頭に置いて新しい会長を皆で選びました。 願わくばこの新たらしい世代の役員諸君がこれまで培われ続けてきた峻空会魂を継承すると共に独自の新鮮なる感覚で会の運営に邁進してくれますことを願っております。 最後になりましたが、改めましてこれまでご峻空会運営に協力くださいました拳友に心中より御礼申し上げ、今後とも後輩たちの為にご協力を頂けますことをお願い申し上げます。 |
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| 峻空会 東 久 |
2009年度 駒大行事予定表 |
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| 基本的には決定された部分が多くありますが一部未定あるいは変更もあるかと思いますのでその点は了承願います。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 試合等の応援は、早い段階で日程をお確かめの上宜しくお願いいたします。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2008年度 駒大行事予定表 |
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| 基本的には決定された部分が多くありますが一部未定あるいは変更もあるかと思いますのでその点は了承願います。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 試合等の応援は、早い段階で日程をお確かめの上宜しくお願いいたします。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2007年度 駒大行事予定表 |
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| 基本的には決定された部分が多くありますが一部未定あるいは変更もあるかと思いますのでその点は了承願います。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 試合等の応援は、早い段階で日程をお確かめの上宜しくお願いいたします。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
秋晴れの箱根路で 八回目の峻空杯争奪ゴルフと親睦会が行われました |
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| 恒例になった峻空会のゴルフと親睦の旅も数えて八回目、昨年の愛媛県道後温泉に続き、今年は全国的にも新春の大学駅伝ですっかり馴染の箱根路に出かけました。 参加者数は「箱根湯本ホテル」での大宴会に16名、翌日のゴルフに10名が集い、秋真っ盛りの箱根を満喫しました。 最も遠方からの出席者は熊本県からS40年の光武勝造、次いで山口県下関からS37年の補陀従道(旧姓中山)、岡山県からS40年藤井 正が箱根の関所を登り、和歌山からS45年の西 昭、兵庫県からS41年石川寿三郎らの参加がありましたがこのあたりはもう遠方とも言えず、至って近所の小父さんと言った感じ、そして皆一応に往年のエネルギーだけはそのまま持続しての参加で宴会は時間と共に刻々と盛り上がった。 |
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| 中でも九州の地元では「歌う小父さん」の愛称で親しまれていると自慢する光武氏は手帳に書き込まれた幾百曲の歌詞を片手に歌う事歌うこと、途切れる事も無く大いに皆に迷惑をかけながらの奮闘で九州よりの高額旅費の元をしっかりと取り戻した、お見事。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 成績はいつも過酷な結果となる。 「先輩は付いてますね…、俺は運がないは…」を連発していた西選手が、何と運だけで晴れて優勝を飾れば、同じく運の無さを嘆き続けた山本選手が自らの言葉の通り結果としても運からは見放され同伴の西選手と同じスコアーで回りながらハンデーに大差がでて涙を流し続けた。 (西:GROSS 93 HD 21.6 NET 71.4 対する山本:GROSS 93 HD 14.4 NET 78.6) |
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| 以上の成績ながら全員素晴らしく極上の一日を過ごす事が出来ましたことを報告します。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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還暦記念の“西遊記” 手前ごとで恐縮ですがお許し願います |
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| 昨年の國井、石川、高橋先輩ら41年組の「ゴージャス山口県の旅」の影響も多分に受け、われ等42年組みも俗に言う還暦なるものをむかえ人生の半ば・・・!! いや終盤に差し掛かった記念の顔見せ会をやろうと企てたが、何分にも同期9人という少数民族のうえ、音信不通者も数名いるし多忙のため参加できずの返事も届き結局のところ学生時代に毎晩のみ明かしていた和島、水野、福田、それに吉村の4人だけの集まりになった。 場所をどこにするか悩む中、水野、福田の住む愛媛にしようと話していると家内から「それでは二人がつまらないでしょう、京都にでも行けば」のアドバイス、しかし、いくら京都が寺だらけとは言え三人の高僧たち(頭の光ぐあいが)と京の都を酔って歩くにはいささか勇気が必要と改めて逃げるように道後温泉にした。 ホテルの手配など、現地愛媛の高僧は2人揃ってだいぶ浮世離れした方たちで、どうも安心できずに二年後輩、松山在住の森君にそのあたりを頼み和島と二人で羽田から二泊三日の旅に出た。 行き着いた先が一昨年の「峻空会旅行」の折に当初予約しながらもいささか不具合が生じてキャンセルした道後の高級ホテル 茶玻瑠(ちゃはる)が宿というのも何かの縁なのだろうか。 森を加えた五人の宴会は一瞬にして40年の時間が逆戻りし、新町や三軒茶屋で飲んだ暮れたあの日と何も変わらぬ進歩の無さには我ながらおかしかったがそれが仲間と言うものなのだろう。 二次会はコンパニオン嬢を同伴して松山市内まで足を伸ばし福田行きつけのフイリッピンクラブで時の経つのも忘れて夜半過ぎまで飲み明かした。 |
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| お決まりのコース道後温泉本館では、お一人様1.500円もの高い入浴料を支払って三階の個室に入ると、さすがに高額入館者だけに与えられたオプションで明治の頃天皇陛下が入浴されたという風呂からご休息室、いまだ一度も使用された事のないトイレまで見学させられ、畳敷きの部屋の真ん中に黒に菊の花柄が見事な漆塗りの物がしつらえてあったがトイレはトイレ、あまり長居する気にもなれなかった。 翌朝は時間つぶしに四人で道後郊外をタクシー運転手の言うがままに戸部焼きの販売センターやら正岡子規の生家など二時間あまりも引き回され、挙句の果てに坊ちゃんと子規が乗ったという日本最古の機関車に押し込まれて写真まで撮らされる破目になり早々に切り上げ松山駅に向かった。 |
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| ■ いざ約束の地 八幡浜へ ■ |
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| 松山駅でこの日の午後に小用があるという龍童とは此処で別れ三人だけで福田との40年前のある約束を果たすべく八幡浜に降立った。 かって四国八十八札所の一つ三十七番札所だったという福田の「大黒山 吉蔵寺」は港から少し入った閑静な所にあるが今は札所の権利も返したとかでひっそりと静まっていた。 |
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| 福田を知る者には「どうしてこのケタタマシイ男がこの母から生まれたのか」と信じがたいほど物静かで八十三歳にしてなお美しい、いかにも高貴な感じのする母上に挨拶を済ませ暫し約束のためにホテルで静養する。 確か三年の頃だったろうか、下関出身の藤井が河豚の話しをしたとき、やおらそばに居た福田が例によってまくし立てた事がある。 ・・・違うわい、何言いよるんャ、フグは八幡浜ぜよ、・・・・と福田が吠えた。 私にとってはフグが下関でも八幡浜でもどちらでも良い、要は「それならお前の所行くからフグを腹いっぱい食わせろ」と言うと ・・・オオ、来いャ・・・昭和41年、約束は成立した。 もっとも卒業したその年に仕事で九州に出向いた帰りに下関に立ち寄り、藤井の所でそれこそ腹いっぱい馳走になっていたが、合う機会も無く福田にはそれを告げていなかったから改めてこの旅のメーンイベントに河豚が浮かび上がったのだ。 |
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| ■ 至福のとき、フグ三昧 多くは語らず ■ |
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まさに至福のとき来る。 友と語り、友とのみ、そして約束を果たす、嗚呼、来てよかった愛媛県。 もっとも福田自身は40年前の約束の事など遠い昔に忘れていたがそれもまた良し。 ゴチニ ナリマシタ フクダクン スコシ フグノリョウガ オオスギタネ ナンタッテ カンレキダカラ |
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| ■ 還暦男、二人だけの少し寂しい西遊記 ■ |
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| この日、二つも法事が入り稼ぎ時の福田とも朝には別れ和島との二人きりになってしまった。 飛行機の出発までには6時間以上もの時間が余り、いっそのこと今治まで上ってレンタカーで「しまなみ街道」とばし龍の家まで行こうかとも考えたが、それには少し時間も足りず如何したものかと思案の末に四国最西端、日本一長い佐田岬の突端までのドライブを思いつき還暦男二人の旅の終わりは最西端の佐田岬灯台と決めた。(その意味はこれからも世のため人のために足元を照らす人生を過ごそうと) 佐田岬は半島の頂上のまるで刀のみねの様な国道197号線で八幡浜から40キロ、それなりに人家のある三崎港まで右の眼下に瀬戸内の海、左に宇和海を同時に眺めながらの運転は、時に思わず身の引き締まる思いがするほどかって経験したことの無い大自然の威厳を感じる。 岬の突端は三崎港からなお10数キロの細い道で、すれ違う車も人もまるで無く野鳥のさえずりだけが聞こえる物悲しくもエキサイティングなこの旅の終わりに相応しいところであった。 くねくねとした細い道を右に曲がると、そこは10数台の駐車スペースがある金網張りの駐車場でそれから先に道は無い。 あれれ・・灯台は何処に・・といぶかしがる我々の前によく日焼けした元気そうな老婆が近寄ってきた。 ・ ・・おばさん、灯台まではどうやって行くの・・・と尋ねると |
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| ・・・気をつけてな〜 おばちゃん此処でまっとるからな〜・・・ 妙な言葉を後ろから聴きながら20分も下っただろうか、私はふとえらい事に気がついてしまった。 ・・・まてよ、まだ半分も来てないのにひたすら下っているが、もしや帰りはこれを登るのか? リフトも無ければタクシーも来ない、これはえらい事になるぞ・・・・ 案の定しばらく行くとかなり年配の夫婦のお遍路さんと唯一すれ違ったが、旦那の顔を見ると息も絶え絶えに登ってくる、これが1時間後の自分の姿かと想像すると恐怖すら覚えた。 それでもようやくの事で先端までたどり着くと、そこにはこれまでの疲れや不安を一掃させるほどの大パノラマが眼下に開けた。 |
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| 佐田岬灯台を境に、右からは瀬戸内の潮が流れ込み、左から宇和海の潮がそれにぶつかり、ものすごく速い潮流となりよく身の締まった魚の漁場として名高いところのようだ。 豊予海と呼ばれるこの海域は遠くに見える対岸が九州の佐賀関、同じこの漁場の九州側で獲れば高名な関アジ、関サバ、こちらであがれば岬アジ、岬サバとしてこれまた超貴重品だ。 ちなみに岬をハナと読むそうで商品名はハナアジ、ハナサバとして世に出ているらしい。 案の定意気も絶え絶えに車まで戻ると先ほどの老婆が何だか小さな手押し車を押しながら笑顔で迎えてくれた。 そして突然に・・・なァ〜こうていってャ ミカンもあるで・・・ おばあさんの先ほどの笑顔は帰りのときの為の営業笑いであったのだが、それでもまったくいやみも無く和島が海草の一種のアオサを買う破目になった。 かくして我等42年組の還暦記念の旅は西へ西へとまるで西遊記のようであった。 三蔵法師は誰で、孫悟空が誰? 猪八戒は?、サゴジョウは? あえて誰が何だかは云わない事にする、それでも私なりにはそれぞれがいたってはまり役であるような気がしているが諸兄にはどう思われるだろうかお聞きしたいものだ。 5年後の再会を約束して西遊記は幕を閉じる事にしたが、今度はもっと一人でも多い仲間と会いたいものだと期待する。 ながながと私的な事にお付き合いただき心より感謝します、そして小松原君、来年は君たちだね 少し早めに連絡して是非とも盛大にやってください還暦のたびを。 |
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| 自称 三蔵法師 あ、言ってはいけなかったかな!! |
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| 完 この日から 佐田岬ファンクラブ N.Y |
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駒澤大学体育会空手道部欧州研修合宿記 (2005年8月25日〜9月6日) |
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総会及び親睦会 日程変更のお知らせ |
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| 過日皆様にお送りいたしました案内にて本年度の総会及び親睦会を来る7月9・10の両日、東京体育館で行われます全国大会がすべて終了いたしました10日に行う旨の案内をいたしましたが、その後の諸事情により日時を変更いたしましたので改めてご案内いたします。 | ||
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| 今大会には学生諸君はもちろん、チーム峻空会の選手諸拳も昨年の雪辱を晴らすべく気合を入れて稽古に励んでおります、少しでも多くの皆様の応援を力にして予選を勝ち抜き、選手諸君には残念ながら親睦会での酒を控えつつ明日の決勝に備えていただきたいと切望いたします。(酒如き恐れるに足りぬ、と言う豪傑はどんどんやりましょう) そして翌日にもう一度歓喜の杯を傾けなおしましょう。 |
寒風の中、駒大の誇る伝統行事、総持寺行軍が行われた |
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| 昭和31年第一回鶴見行軍、寒稽古納めとして大本山総持寺に徒歩で参拝 | |||||
| と記される駒澤大学空手道部が誇る伝統の行事は、今年で第1回から数えて区切りの50回目を迎えた。 | |||||
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| 1月15日の成人式をその日と定めて久しかった行事も、時代の変化の中、昨年から2月11日の「建国記念日」に変更され、
年々参加者の数も増し大勢のOB,OG、そして次世代の駒大空手部を担うだろう子供たちも加わって盛大に行われた今年の総持寺行軍。 当日は、快晴とまではいかなかったものの天候にも恵まれ、10時ちょうどに駒沢公園正門前をスタートした一行はかなりのハイペースで進み、例年のようなガス橋での小休止も取らぬまま一気に駆け抜る勢いは今年の活躍振りを暗示するかのような意気込みを感じさせてくれた。 |
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| 今回、総持寺の山門でカメラをかまえ到着を待っていると面白いことに男女にかなりの違いが感じられた。 どんな?・・・ご覧頂ければ一目りょう然なのでここに紹介する |
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| 彼女たちに万歳ポーズなど要請してはいない、なのに達成感なのか余裕からか、女子たちは一様にこの美しきポーズと笑顔を強行軍の終着点にもかかわらず見せてくれた、何しろ峻空会の女子達はみんな元気だ。 | |||||
| 男たちよ、元気を出そう! | |||||
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| それに比べ男子はと言えば、いささかくたびれた顔が目に付いた。 そんな中S56年 荒井健吉が小学生の息子を引きつれ見事な完走を成し遂げ、少しテレた笑顔で山門をくぐり抜けた。 その他の熟年組みはS46年吉田和義と奥山好美(旧姓 桜井)が昨年に続いて鳥も通わぬ式根島から2時間の高速フェリーをとばして参加、S56年木村 均も愛娘を連れて参加、全員完走を果たした。 その力走ぶり「お見事」の一言に尽きる。 |
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| 総持寺行軍を皮切りに今年も駒大空手道部、峻空会の一年が始まりました。 学生諸君の大いなる健闘を願いながら、諸拳には今年も一年ご協力の程心よりお願いいたします。 |
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水野庸子 フランス・パリで大活躍 |
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| 昨年「第23回全日本実業団空手道選手権大会」の個人組手を征した13年、水野庸子君がナショナルチームの一員としてパリで行われた「オープン・ド・パリ大会」に出場した。 大会には地元フランスを始としてスイス、イングランド、チュニジア、メキシコ、クエイト、スロバキアなど沢山の国からの参加があり、この大会の前身は「フランス国際大会」と言われ、当時の優勝者には純金のメダルが与えられた事と、フランス人優勝者にはその年の新車が一台授与されたことで有名だ。 残念ながら今はその習慣も無くなっていたようだが、-60kgの組み手に出場した水野は見事に決勝戦に駒を進め、惜しくも今回は2位に甘んじたが、それでも日本チームとしては最高の成績をおさめた。 |
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| フランスから帰国した翌日には再び日本を離れ台湾の高雄市で行われた「台日友好交流空手道友誼賽」と言われる友好試合に実業団選抜で参加し、試合のほかにも数々の友好の催しに出席してきたようだ。 | |
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| ■12月5日 峻空杯争奪戦と祝勝会が盛大に■ 峻空会にとって今年最後の行事となります峻空杯争奪戦と、かねてより待ち望まれておりました全国大会と世界大会の優勝者に対する祝勝会が多数のOB,OGの出席(40名)を得て盛大に行われました。 当日は年の瀬も押し詰まった多忙の最中にもかかわらず竹花部長先生の御列席もいただき大会は現役、卒業生が全力をぶつけ合いおおいに盛り上がりを見せました。 |
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![]() 好試合を観戦する東 会長、竹花部長、渡邊事務局長 |
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| 10時過ぎから行われた峻空杯争奪戦は男女総合の形試合、男子組手、女子組手の三部門で行われ、どの部門もまるで全国大会を観るような高いレベルで白熱した試合が繰り広げられた。 | |||
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![]() 各部門優勝者 左から女子組手:2年生井出佳寿美 形総合:末次美樹 男子組手:杉山俊輔 |
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以下、各部門の準優勝と三位
敢闘賞には形、組手に出場した44年卒 深沢 正選手が見事に獲得した。 深沢選手の戦い振りは賞賛に値するも、些か苦しげな写真はあえて載せる事を控えました。 |
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来年からシニア大会をやろう!! 大石師範より、最近各方面で脚光を浴びているシニア大会を来年度からこの争奪戦に取り入れたらどうかとの話しが出ました。 現段階におきましてはまだ具体的な方法やルールは出ておりませんが、40代、50代、60代を迎えた卒業生が、もう一度往年の輝きを取り戻そうと形試合、組み手試合共に無理の無い方法を考案して楽しもうと言う誠に面白そうな話なのです。 シニア大会を経験された方や、独自のアイディアーをお持ちの方からのご意見やルールをお待ちしております。 来年の争奪戦には是非とも取り入れたく計画いたします、諸拳は今から歳相応に怪我無く、翌日に差し支えのない程度の努力を怠り無くお過ごしの事をお勧めいたします。 |
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祝 勝 会 |
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| 大会終了後、会場を深沢校舎内の大広間に移しての本年度、個人戦優勝者の栄光を称えて祝勝会が行われました。 本年度栄光に輝いた者は7月に行われた「第47回 全国選手権大会」に於いて男子組手、形、総合優勝の平成元年 小林邦雄君。 同大会女子組手優勝、現1年生 若林梨沙君。 9月に行われました「第9回 松涛杯争奪世界空手道選手権大会」女子組手優勝 平成15年奥家沙都美君の三名でした。 祝勝会には40名近いOB,OGが出席し、盛大なかに選手諸君の頑張りを称え楽しい時を過ごしました。 |
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| 竹花部長先生よりの祝辞、大石師範からの今年一年の総括があり現役諸君も気を引き締め大きな誓いのもと新たな年に向かう事になります。 | |||
![]() 尚、優勝の三名には峻空会よりの記念品と花束が東 会長から贈られました。 |
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![]() 右から小林、奥家、若林の各優勝者 |
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以上、本年度峻空杯争奪戦及び優勝祝勝会の報告でした。 |
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押忍 駒澤大学空手道部 峻空会 役員 師範一同 |
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■峻空会41年度卒業組還暦旅行と称して■ ![]() 11月2、3日山口県萩市にて同期会を実施しました。地元出身の補陀先輩にも特別参加 していただきまして大変お世話になりました。 11名の参加でした。
宿は萩でも一、二を競う雁嶋別荘と云う旅館で、現地集合組はここに17:00におのおの集合し、18:30から宴会に入りました。 昔話はつきませんでしたが、ひとまず校歌、部歌、そして騎馬立ち一本突きで中締め。それでも年を忘れて部屋で又一杯、と全員元気でした。 次の日(3日)は晩秋の萩市内をバスで観光、仙崎港から船で青海島巡りを し、再会を約束して宇部空港と新山口で解散しました。 他の同期の皆さんも、是非共企画されては如何でしょうか。 石川寿三郎 |
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■2004年 青森旅行記 十和田 奥入瀬編(6/26,27)■![]() 浅虫温泉 海扇閣にて(添乗員の対馬御大と)
第8回目を迎えた今年の親睦とゴルフの旅は青森県に出かけました。参加17名
●尚、これまでの旅行先と、旅先でお世話になった皆様を敬称略で記載させていただきこの場をお借りして心より御礼申し上げます。
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| ゴルフ大会の成績発表 東北の名門「青森カントリー倶楽部」の空は残念ながら厚い雲に覆われ、傘を手放せない中で「第8回峻空オープン」は高額賞金の獲得を目指して雨中に死闘を繰りひろげられましたが、今年は出場規定が例年に無く厳しかったせいか各地の予選会を通過したわずか9名での大会となりましたが、来年の大会は資格を緩めた上で是非とも10組程度の大会にしたいと考えておりますので日頃の努力を怠らずどしどし参加いただけることを期待いたしております。 |
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| 選手紹介 前列左から、補陀、吉田、石川 後列左から、東、高橋、湯原、原、国井、吉村の各選手 |
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| 対馬先輩より檄。 今回の青森への親睦旅行を大いに喜ばれた対馬先輩より峻空会員に対し御自身のこれまでの熱き空手人生を通して今後への檄が飛ばされました。 「何時でも、何処にいても駒澤の空手部を卒業した者同士が和を崩すことなく前向きに参加することに努力していかなければならない。その意味においては遊びに見えるこの親睦の旅などは大きな意義を感じるし、年代を超えて和を作るきっかけでもある。自分も今後は出来る限りの努力を惜しまないし来年のこの旅行にも参加する。」 と、強い口調で語られ、この事を一人でも多くの皆に知って欲しいし理解して欲しい、機会あるごとにこれを伝えるようにとの命を受けました。クリックすると大きく表示されます |
| ■高橋俊介君 エリザベス女王より二年連続叙勲の快挙■ 昭和41年卒高橋俊介君が30年間に及ぶニュージーランドに於ける指導が高く評価され、平成14年、この国の元首であるエリザベス女王より「名誉ニュージーランド功績勲章メンバー賞」を授与された。 翌15年にはオーストラリア政府より「オーストラリア名誉勲章 メダル・オブ・オーダー」を同じくエリザベス女王より受賞。 英国の女王でありニュージーランド、オーストラリアの憲法上の元首であるエリザベス女王陛下より二年連続での叙勲は世界的にも例の無い快挙であるとの事をお知らせし、先輩も同期も後輩も、あらためて皆で我がことのように喜びたいと思います。 |
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| ■学生諸君の活躍ぶり■ 本年度これまでの学生大会の戦績をお知らせいたします。これから全国大会を始めとし多くの試合がありますので全員一丸となって頑張ります。
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| ■サイト管理者からの真剣なるお願い■ 交流掲示板BBSの欄にてもお願いいたしましたが、今回「syunku.com」を開設いたしました大目的の一つは、伝統を重んじながらも時代にそぐった形での峻空会の在り方でした。 其の為にも従来の郵送から、より速やかにそして相互の意思の疎通を可能にしながら伝達をしていく事こそが不可欠と確信をいたしました。 これまでに送付した封書が果たしてどれ程の率で開封され読まれてきたのか大いに疑問を持ちながらそれを知る手段もありません。 その為にも今回のサイト開設のお知らせを会員全員に郵送いたし、これまでの一方通行から今度は「ホームペイジを見た、面白かった、ここをもう少し」等など辛口なる批判でも結構ですので是非とも、いや必ず「開いて見たこと」あるいは名前だけでも掲示板に書き込んでいただきたいのです。 仮に卒業後10年、20年いや55年間峻空会と縁なく過ごしそれもやむなしとして来た拳友も、これからそれは通りません、何故なら今新たに皆様との間には脈々と血の通う太いパイプが通ったのですから。 この事を管理者として切にお願いいたします。 吉村徳政
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| 駒澤大学空手道部 峻空会 | |
| このページはフレームを使用しておりますので、検索等で来られた方はこちらよりお入りください →押忍 | |