昨年のオーストラリア世界大会、応援ツアーに出かけた我々にとって忘れられぬ事が起きてしまった。
シドニーに着いた翌日の大会初日、応援に行ったはずの我々は「まさか予選はいいだろう」と多寡をくくって試合会場には行かず観光に出かけてしまった。
雄大なこの国の自然を満喫してホテルに戻と、フロントで偶然に出くわした奥家の母親が悲痛な面持ちで一言。
「先輩たちが応援に来てくれなかったので一回戦で負けました」
このときの重苦しさと申し訳なさが今でも強く我々の心に残っている。
決勝戦の当日、奥家は団体戦のメンバーに入ることも無く一人地獄の淵にたたずむかのような姿は正視できぬほど憔悴していた。
僅か2年前、相手を寄せ付けない見事なまでの強さで華々しく世界の頂点に登りつめたあの奥家が、敗北から一日たっても焦点の定まらぬ目で呆然としているその姿には掛ける声さえ見当たらなかったことを思い出す。
あれから一年ちかい月日が過ぎ、その後の奥家の心境の移り変わりがいかばかりか聞いてみたい心境に駆られた事もあったが、今年の大会初日、東京体育館で久しぶりに顔を見るとあの日の苦い思い出やそれ以後の心配などまったく不要なことが確信できたのは私だけでは無かったようだ。
すっかりシェイプアップして一回り小さくなった精悍な顔と、完全に取り戻した自信から来るのか穏やかな様子は二年前を遙かに上回る「優美なる戦士」の顔に戻っていた。
私自身の勝手ではあるが今年は大会での試合振りなどの報告はあえて止める事をお許し願いたい。
あえて言うなら大学を卒業したての21〜2歳だった女の子が世界に挑み、頂点に立つことから始まる心の中の葛藤は我々には計り知れない程に大きくそして重いものなのだろう。
辛酸をなめ、どん底を這いずりながらも必ず蘇える事を信じて過ごすこの間の時間は、彼女にとって長いのか、それとも短く感じるものなのかさえ分からないが、自らが選択したプロとして置かれている立場を認識しなおし、勝利する事のみに焦点を絞りひた向きに前に前にと歩を進めたことだろうし、結果、機を待って目的を成し遂げ二度目の「桧舞台」でいっそ色合い増し深みある名画になった奥家沙都美に心から拍手を送りたい。
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